2001年5月 株式会社カレン入社
IT系という括りをしてしまえば同じなのかもしれないが、ソフトウェア会社と、ネットベンチャーでは、業務内容は全然違う。全くのゼロからのスタートであった。当時の上司はとても厳しかったが、ここで厳しく指導を受けていたことで、ネット業界の知識を得ることができたし、営業マンとしての基礎を身に付けることができたと考えている。
カレンは、学習する場という意味では、大変環境が整っていた。多くのナショナルクライアントのメール配信支援の運営も担当できたのは、大変貴重な経験であった。担当したのは、大手自動車メーカーや、通信系企業、携帯キャリア、旅行会社、酒造メーカーが定期的に配信するメールなど。制作と配信、集計・分析の各担当者を統括する、当時社内で“プロジェクトマネージャ”と言われていたポジションを入社早々任されたり、ネット広告について学びたいということで、広告媒体を専門に扱う、プロデュースグループメディアチームに半年ぐらい異動させてもらったりもした。
また、ヘキサード時代は、問い合わせのあった見込み客に対する営業活動が主体であったのに対し、カレンでは新規の飛び込み電話をかけての営業活動をメインに行なった。新規営業についてのイロハは、当時の取締役で、リクルート出身のN氏から多くを学ばせていただいた。始めの頃はけっこう怒られたりもしたが、しばらく続けていくと、電話でアポをとるコツというか、自分の形が見えてきたし、3人いた新規担当営業の中では、最もアポを取れるようになっていた。
また、パッケージ商品を売っていた前職時代と異なり、ソリューションビジネスを販売していたため、ニーズや課題点をヒアリングした上でその解決案を企画書としてパワポで作成をするようになった。但し、今でも企画書作りは決して得意ではない。
カレンでの生活も充実していたが、辞めようとおもったきっかけは、自分が目指す方向性と異なるポジションへの異動が発生したことであった。カレンは、企業のメール配信支援を請け負うビジネスのため、当然ながら配信オペレーション担当が必要となる。しかし、ある企業に常駐しての配信担当者の席にポッカリと穴があき、急きょ配信担当として、僕がアサインされたのだ。ポジティブに考えれば、データベースを使ったり、配信エンジンに触れる経験ができたとも言えるし、縁の下の力持ち的な重要なポジションでもある。しかし僕は、新規でお客さんを集めて、どんどん提案を行なっていきたいという、いわば“営業マン”としてのキャリアを望んでいたので、その異動は意向にそぐわなかった。したがって、配信担当となった直後から移籍先を探し始めた。そんな矢先に、転職サイトを眺めていて見つけたのが、三井物産でのEマーケティング事業であった。